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東京高等裁判所 昭和26年(う)5306号 判決 1952年3月05日

控訴人 被告人 伊藤一郎又は渡辺仙太郎こと渡辺千太郎

検察官 田中良人関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は末尾添附の弁護人谷田部正、同飛鳥田一雄共同作成名義の控訴趣意書と題する書面及び弁護人西村定雄作成名義の控訴趣意書と題する書面の通りであつてこれに対し当裁判所は次のように判断する。

弁護人谷田部正及び飛鳥田一雄の控訴趣意第二点について

起訴状記載の一の事実と原判決認定の第一の(一)の事実とを比較対照するといずれも被告人は昭和二十四年四月六日頃の午後十時頃野島ハル及び橋本勇を伴つて横浜市南区吉田町三丁目三十六番地草場治子方を訪れ同家に居合せた須藤七五郎に対し靴穿きの侭同人の体を蹴上げ、手拳で同人の顔面を殴打し更に右橋本と共に兵児帯、帯止等で同人を縛り上げ且つ殴る蹴る等の暴行を加え、次で須藤七五郎及び草場治子に対し曩に野島ハルが須藤に交付した金三万二千円及び野島方で紛失した衣類等の返還を要求し草場治子所有の右居宅一棟及びその地上権、家財道具を売渡担保に供することを承諾させ右趣旨の書面を作成交付させ、且つ須藤所有の黒革製短靴一足及び草場治子所有の腕時計一個を交付させた事実を記載しておるのであつて検察官はこの事実を強盗罪にあたるとの見解のもとに罰条として刑法第二百三十六条を記載したところ、原判決は右公訴事実の前段を刑法第二百八条の暴行罪後段を同法第二百四十九条第一項の恐喝罪と認定したのであつて、右公訴事実と原判決認定の罪となるべき事実との間にはその基本的事実関係においては何等異つたものがないのであるから原判決には公判事実の同一性を害して事件を審判したということにはならない。論旨は原判決が認定した暴行罪の暴行は強盗罪の手段と見て別に暴行罪は起訴していないから恐喝罪の外に暴行罪を認めた原判決は審判の請求を受けない事件について判決した違法があると非難するのであるが右暴行の事実は検察官が審判の請求をした強盗罪の犯罪構成要件たる事実として審判の対象となつているのであつて、たゞ原判決は検察官が右暴行を財物交付の手段と解したのに反しこれを以て財物交付の手段とは認めず別個独立した暴行罪と認めたに過ぎないのであつて右暴行の事実は単なる犯罪の動機又は事情として起訴状に記載された場合とは異るのであるから原判決の違法を主張する右論難は適切でない。尤も検察官が強盗の一罪として起訴した公訴事実についてこれを暴行及び恐喝の二罪として認定する場合にはその訴因及び罰条に変更を来すのであるから原審としては刑事訴訟法第三百十二条により検察官に対し訴因及び罰条の変更又はその予備的追加の手続をとるように命ずることが妥当であつたに拘らず訴訟記録に徴すると右手続をとつた形跡は認められない。しかしその変更又は予備的追加をしたことにより被告人の防禦に実質的に不利益を生ずる虞がないときはそれをしなかつたとしてもこれを違法とすべきものでないこともまた刑事訴訟法第三百十二条及び第二百五十六条の規定の精神からも窺われるのである。而して本件においては特に右のような手続は採らなかつたとはいえ原審審理の過程において、この点に関し被告人に充分なる防禦の機会が与えられたことが記録によつて推認しえられるばかりでなく原判決は強盗として起訴された事実をそれよりも軽い暴行及び恐喝を以て認定処断しておるのであつてこれがため、これを併合罪として刑の加重をしてもなお被告人に利益となるとも不利益となることはないのであるから原審が右訴因及び罰条の変更をしなかつたことはこれにより被告人の防禦に実質的に不利益を生ぜしめたものということはできない。従つて原審が右事件につき訴因及び罰条の変更等の手続を経ることなくして審判したことを以て判決に影響を及ぼす程度の違法があつたとすべきでないから結局論旨は採用するに足りない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 小中公毅 判事 渡辺辰吉 判事 河原徳治)

弁護人谷田部正、同飛鳥田一雄の控訴趣意

第二点原判決には、審判の請求を受けた事件について、判決しない違法がある。原判決第一の(一)は、昭和二十四年四月六日頃の午後十時頃野島ハル及び橋本勇を伴つて、同市南区吉田町三丁目三十六番地草場治子(須藤七五郎の妾)方を訪れ同家に居合せた右須藤七五郎に対し、………右橋本と共に同家にあつた兵古帯、帯止等で同人の両手を縛り上げ殴る蹴る等の暴行を加へ、………被告人は………右趣旨の書面を作成交付させて之を喝取し、更に右債権の担保として須藤所有の黒革製短靴一足草場治子の腕時計一箇の提供を要求し同様右両名を怖れさせ因つて………交付を受けて之を喝取し」と判示し、前段を暴行罪、後段を恐喝罪と認定して刑法第二〇八条、第二四九条第一項を適用している。

之に対する起訴状記載の公訴事実は、第一の一、昭和二十四年四月六日頃の………草場治子方を訪れ同家に居合せた右須藤七五郎に対し「………」と脅かして右須藤の反抗を抑圧して………売渡証を須藤七五郎並びに草場治子の両名名義で作成交付させて財産上不法の利益を得、更に須藤所有の黒革製短靴一足(………)及び草場所有の腕時計一箇(……)を強取し以て強盗を遂げと記載されており、罪名及び罰条として、強盗刑法第二百三十六条と記載されている。

右起訴状の記載に依れば、検察官は、前段は刑法第二三六条第二項の強盗罪、後段は同条第一項の強盗罪として、また前後段共単純一罪として起訴したものと思料される。しかるに原審は、暴行の程度被害者等の反抗を抑圧するに至らなかつたものと認めて、しかも公訴事実の前後段共に同法第二四九条第一項の恐喝罪と認定し手段である暴行を別箇の暴行罪と認定したものである。しかし乍ら、暴行極めて軽微にして、仮令その暴行を継続するも尚被害者の自由意思の活動を妨げざる場合もある。斯る場合の暴行は強盗の手段である暴行に非ずして、恐喝の手段である暴行なりと謂うべきである。従つて、暴行は通常恐喝の手段として使用せらるゝものにして、形式上は恐喝罪の構成要件ではないが、実質上之と同視すべく、法は通常暴行を手段として行わるゝことを予想するものと認むべきを以て、本件の場合は単に恐喝罪のみ成立し、別に暴行罪は成立しないものと解する。

検察官は前記暴行は強盗の手段とみて、別に暴行罪は起訴していないのである。然るに、原審は、本件暴行は強盗の程度に至らざるものとして恐喝罪を認定したものと思料する。従つて、原審が恐喝罪の外に暴行罪を認定したのは審判の請求を受けない事件について判決した違法があると謂はねばならない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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